日韓両国の鶏事情

12月 21

…なんだか大げさなタイトルですが、両国の鶏といっても韓国の実顕地と日本の実顕地の事情くらいの話です。

今僕は鶏を飼育して卵を販売へまわしていますが、経営的には低迷していて、というのは卵の販売量が伸びないからです。

そのための努力はあちこちで色んな人がやってくれているのですが、なかなか思うようにいきません。

かたや韓国実顕地はというと、実際には最近見ていないのですが、聞いた話によると販売は順調だそうです。

実顕地の人数は内部川の3分の1もいないくらいですが、同じくらいの羽数を飼育しています。

ヤマギシの置かれた状況が韓国と日本では違うと言ってしまえばそれまでですが、ほんとにそれだけか。

 

韓国の人は、色んなことを積極的に受け入れ、取り入れているように見えます。

民間団体を通じて海外の青年を定期的に受け入れたり、養鶏飼育技術にしても独自のやりかたを研究して実行してみたり。

普段使うリヤカーなんかも独自のものを改造していたりして、面白いです。

 

日本ヤマギシの場合、過去にものすごくたくさん卵が売れた栄光の時代があるだけに、時代に合わせた反応が鈍くなっているような気もします。

ヤマギシの養鶏にしても「養鶏法」という確固としたものがあり、その割にはいろいろ問題もあり、そこへ「養鶏法を徹底してないからだ」とか言われると何も言えなくなってしまう。まあ僕は徹底してやったことも、やったのを見た事もないので何とも言えないんですが。

ただ自分の場合は「これが正しい」とかではやれないことが多くて、自分が自分の感覚で確信したものでやりたいという気持ちが強い。

山岸さんが提唱したものだから、とかでは理由としては弱いなあ…。

実顕地の基本は養鶏法だからとか言われると、養鶏なくても実顕地の本質とは関係ないんじゃねーの?とか思ってしまったり。

僕のそういう強情なところは韓国人っぽいなあ…。

 

特に結論はないですが、「ひきこもりの国」という本を読んでいたらいろいろと考え出してしまって、mayuさんも早々と寝てしまったので議論する相手もおらず、とりあえずここに書かせてもらいました。

久しぶりに、自分の胸に突き刺さるような本でした。

 

2 comments

  1. けんすけ /

    売れないとどうでしても価値が無いと思いがちだけど、価値があるものでも高いとか他で買ってるからとかお客さんの都合で買わないないことがある、というのはある意味当たり前だよなあと販売に関わるといろいろ見えてくるものがあります。そして、価値を感じて買ってくれるお客さんもちゃんといます。
    日本と(というか内部川と)韓国の事情の違いで思うのは、作る方と売る方・食べる方の距離感にあるんじゃないかなあ。
    そして、食べる方に近づけば、作る方もより良い工夫やアイデアが出てくるというものじゃないかな、と思うわけです。

    • ishikado /

      なるほど。
      食べる方に近づく、というのは耳の痛い話です。
      作ってる身としては生産することに一生懸命で、それを食べる人のことを忘れていることが多々ある。

      僕も日曜市とかで売り子をやってみるべきだよね。

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